馬の力を借りて田畑を耕す。馬に犂〈すき〉を引いてもらい、馬と息を合わせて歩き、土が耕されていく音と振動を頼りに、犂のバランスをとって土を起こしていきます。静かな里山の田んぼの中で、その作業は自然に溶け込むような感覚になります。馬鍬〈まんが〉による代かきになると、跳ねる土にドロドロになりながらも、フワフワになった土が足の裏で気持ち良く感じられます。
馬は雑草や作物を食べ、田畑を耕す力を得る。そして、馬ふんを田畑へ返していく小さな巡りが生まれていきます。こうした田畑で、食べるところまで “化石燃料から自立した” お米作りが実践できるようになってきました。こうして馬耕を復活させ実践していくなかで、持続可能に自立して暮らしていくための価値観を学んでいます。
馬耕は日本で昭和30年(1955年)ごろまで行われていました。今ではトラクターが行っている作業を馬とやっていて、その全盛期の農家は「これから、さらに馬の時代が来る」と考えていたそうです。しかし、その後わずか10年ほどの間に、化石燃料で動く耕運機に入れ替わりました。馬は暮らしや仕事の手段であって、馬を手放し大変だった暮らしを快適なものにしていったのは、自然な流れでもあったように思います。日本各地で馬耕をすると、いたるところで馬と暮らしていたころの話を生き生きと聞かせてくれる人に出会い、確かに馬との暮らしの文化が日本中にあったのだと感じます。
馬は、ともに働くことができ、ともに暮らしてきた存在。日本に最も馬がいた時期には150万頭を超えていました。農家3~5軒に1頭の馬を飼い、お互いに労力を出し合って助け合いながら農耕をしてきたといいます。森から丸太を馬で引き出し、炭にしてから馬の背中や荷車に乗せて、街まで売りに行く山村の暮らしもありました。酔っ払って寝てしまった主人を、馬が家まで連れて帰ったという話をよく聞きます。子どもは放課後、餌を集めに草刈りに行くのが日課だったとか。その場所を教えてもらうと、今では山林になっていて里山の景色もすっかり変わってしまった、身近に馬を見かけることもなくなった、といいます。
馬と耕す小さな暮らしによって、地に足のついた耕作ができるようになる。地域で協力しあい楽しみを分け合い、自身を省みる謙虚さを持ちながら今あるものに満足し、里山の環境を守っていく。持続可能な暮らしに必要なことはなにか、馬耕体験会の中で参加者とともに、そのことを考えてきました。馬が居たからこそあった文化や環境、これを守っていく為には馬との暮らしや、その働く道が必要になります。資源が枯渇すると言われる時代に生きる未来の子どもたちに残すべく、馬とともに、この馬耕を継承していきたいと思います。
日本在来馬(和種馬)とは、永年にわたり日本人と共栄し地域の文化と密接に関わってきた馬のことです。小柄のわりに力が強く、比較的温和で扱いやすいという特徴があり、農耕馬に非常に適しています。雑草やわらなどの粗飼料だけでも生きられ、寒さや病気にも強いため、田畑を耕したり荷物を運搬したりする働き手としてはもちろん、その糞尿を肥料として用いることで、循環型の農業が成り立っていました。南北に細長い日本では、昔からその地域特有の風土に合った文化が育まれ、在来馬もそうした風土に適応し、その文化の担い手として人々とともに生きてきました。しかし、明治時代に入ると、軍馬に向かない在来の牡馬は「馬匹改良」と称して去勢させられ、外国品種と交雑して大型化が図られました。この結果、多くの地方では短期間の内に在来馬が消滅することになりました。現在日本に残っている8種の在来馬(北海道和種馬、木曽馬、野間馬、対州馬、御崎馬、トカラ馬、宮古馬、与那国馬)はいずれも離島や岬などの交通が不便で「改良」を免れた品種ですが、すべてを合わせても2000頭に満たず、絶滅の危機に瀕しています。
2014年、富士山の麓にある牧場から一頭の馬を譲り受け、馬耕を復活させていくプロジェクトが始まりました。馬を飼い始めるところから始め、馬耕のやり方を試行錯誤しつつ昔に馬耕をしていたおじいさんから教えてもらいながら、お米作りを実践してきました。田おこしに限らず、荒くりや代かきを通して、土をどうしていくといいかを習いました。耕作放棄地の耕作に苦労した年もありましたが、馬とともに代かきをたくさんやって収穫できるようになってきました。そして、一人での馬耕や2頭を並べての馬耕など、次の馬耕のやり方に挑戦しています。
馬との暮らしの中で、必要なものを地域内で自給し自立できるよう、地域の方から野菜や廃棄するつもりだった野菜クズ、大豆などをもらいながら、馬糞を堆肥として田畑へ循環させてきました。放棄地や林間に放牧し、雑草や笹などを食べさせることで、馬小屋周辺の藪を解消してくることができました。そして、この馬耕や馬との暮らしを体験してもらおうと馬耕大会や馬耕キャラバンを開催してきました。